T 八丈島の太鼓について

八丈太鼓の由来について 一般的に紹介されている内容と 実際とが ずいぶん違うような気がします そこで 
               これまでに収集した資料を 読み返したり なお新しい資料を探したり ・・・ 
      それらの情報を もとにして

  八丈島の太鼓について できるだけ色々な角度から 考察したり
           思いっきり 大胆な推測 や 想像を巡らせるだけでなく 空想までも してみようと思います

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 資料の多くは 「 八丈太鼓の由来について 確かなことはわからない 」 と しながらも
「 流人 その中でも 流罪となって武器を取り上げられた
                 武士が 色々な想いを込めて 太鼓を叩いたのが始まり 」 と しています

   観光客の前や 各種催し物の会場などで 八丈太鼓の演奏をするときには
             下記の イ〜ホ を組み合わせて 紹介されることが度々あります
         イ 流罪となった武士が ・・・
         ロ 武器 ( 刀 剣 太刀 ) を取り上げられ ・・・
         ハ 陣太鼓を ・・・
         ニ 剣道 ( 剣 刀 ) の代わりに ・・・
         ホ 二本の桴に 気持ち ( うっぷん 望郷 等 ) を託し ・・・

 打ち手の若者達が 脚をしっかり開いて構え 全身で太鼓を打つ 力強い姿や 気合いのこもったかけ声と共に 
大きく振りかぶって 鮮やかに繰り出される桴 血湧き 肉踊る と形容されるのにふさわしい 勇壮な太鼓の音が
響きわたり その音 ( 響き ) の中にも 一抹の哀感が漂い 聞く人 ・ 見る人の胸を強く ・ 深く打ちますから
確かに 八丈太鼓と 流罪となった武士 ・ 武道の間には 関連がありそうに見え ・ 思え 
観客には素直に ・ 好意的に 受け入れられています

 * 八丈太鼓を 初めて聞いた ・ 見た頃 太鼓を打つ 島の若者達の豪快な姿と 勇壮な太鼓の音 ( 響き ) に感動し
  圧倒され 「 まさに 流罪となった武士が叩き始めた太鼓だ! 」 と 納得しきっていた私は 
  他の人に聞かれれば 「 流罪となった武士が ・・・・・ 」 と 得意になって答えていました


  
 資料の中に八丈太鼓を 「 女性の打つ珍しい太鼓 」 と 紹介しているものがあります
        「 太鼓は この島の娯楽として みんなで叩いて楽しんでいたが 特に 女性に好まれ 
             女性が主に 叩いていた 」 と 説明されています

 この島の 〈 めずらかなること 〉 を書き記した 「 八多化の寝覺艸 」 の中で 著者 鶴窓帰山は
島人達のお盆の頃の過ごし方を 書きとめながら 太鼓を打っている様子にも筆が及び 挿絵にも 
女性が太鼓を打っているところを 描いています 女性が 太鼓を叩くことが 珍しくて 描いた とも考えられますが
女性が太鼓を叩いていることに 違和感がなく ごく自然だったので ありのまま描いた とも思われます 
文章にも 特に 女性にこだわったり 驚いたり しているようなところはなく 太鼓を木に吊して 叩いていたことや 
太鼓を両面から打っていたこと 太鼓の拍子に合わせて 
つがる 】 という唄を歌っていた ということなどが
ほんの短い文の中に要領よく納められています

 貧しい地方の女性が 太鼓を叩いて楽しむなどということは 他の地方では決して許されないことでしょうが 
八丈島の女性達は 租税として収めなければならない 絹織物を織る という 重要な役割を担っていましたので 
尊重され ・ 大切にされていたものと思われます
絹糸は 繊細な糸ですから 手や指先が荒れていたのでは とても 厳しい検査に合格して 献納する品として
選ばれるような 良い反物を織り上げることはできません そこで 
機織りの上手な ・ 得意な女性には 水仕事や畑仕事などは させないようにしていたのです
 
 機織りはとても細かい作業で 根気のいる仕事です 機台に長い時間座り続け 機を織るのに 疲れた織り手達が 
ひと休みしながら お茶を飲み 太鼓を叩き 唄を歌ったりすることは
身体をほぐし 気分を変えるのに 大いに役立ったことでしょうから ただ単に 女性優位の島だったから 
女性が太鼓を叩いて楽しんでいた ということだけではないようです

 食糧も乏しく 日々の生活に追われてはいても そこは 温暖な気候に育まれ おおらかな気風の島人のことです
男達は 女性達が機織りの手を止めて叩く 陽気な太鼓の音 ( 響き ) が 何処からか聞こえてくるのを耳にしながら 
野良仕事に精出していた のでしょうか ・・・???

    イ 太鼓はどこから ・・・・・ ?
 八丈島では 牛は飼育していましたが 太鼓が作られていたという記録はありません 本土から遙か離れた この
小さな島に もともと太鼓があったとは 考えられませんし 太鼓を購入するような余裕はなかったと思います 
それでは  どうして どのようにして この島に 太鼓が入ってきたのでしょうか・・・

 小さな島とはいいながら 五つの地区が点在し しかも 坂上と坂下の交流はかなり難しい 状態だったと思います 
  そこで 当時の役人が 火山の噴火や火災 他国の船や人が 漂着した というような 緊急事態を島民に
  知らせたり 島民がひたすら 待っている船が 無事 港に入ってきたことを 知らせるための 合図や
  島人を集めたりする時の手段として 遠くまで 音が響き渡る太鼓を 運び込んだのではないでしょうか ・・・ 
  打ち方を変えることによって 何の合図 ・ 知らせなのか 島人にわかるようになっていたかも知れません

 海岸にもいろいろなものが打ち上げられるということは よくあることです 太鼓も 黒潮に運ばれて 何処からか 
  八丈島に流れ着いたのかも知れません

 漂着船があったときには 島人は 懸命に 救助活動に励みました 一方 波間に浮かんでいる荷物を集めたり
  船に積み込まれたまま沈んでいる荷物も 協力して引き上げました そんな荷物の中に 太鼓があったのでしょうか 
  それとも お世話になったお礼として 太鼓を置いていったのでしょうか

 租税として納めた 残りの絹織物は 穀類や生活必需品と交換していました 
  太鼓も 島人の誰かが 絹織物と交換したのでしょうか ・・・

 流人が 家族か親戚から 送ってもらったのでしょうか ・・・

 島外に出ていた島人が 船に託して 太鼓を送ってきたのでしょうか ・・・

 太鼓を買って 島に帰ってきたのでしょうか ・・・

    ロ 太鼓のたたきかたは ・・・・・ ?
 
八丈島の太鼓の叩き方は 全国でも珍しい 両面打ちです 太鼓を叩き始めた時から 現在のように 
     二人が組んで 叩いていたのでしょうか ・・・

 太鼓を斜めに置いて叩く または 太鼓の片方の皮面を下側にして もう一方の皮面だけを叩く という打法は 
  よく見かける叩き方です 八丈島でも 最初のころは 片方の皮面だけを 叩いていたのでしょうか ・・・

 太鼓を木に吊したり 台の上に置いて 一方の皮面だけを 叩いていたところ 順番を待ちきれなくなった人が 
  もう一方の皮面を叩きだし 二人の叩き方が うまく合うと なかなか 面白い ということに気がついて それから 
  いろいろ工夫をして 両方の皮面を叩くようになったのでしょうか ・・・ 
  ( 不安定な太鼓を 片面から叩くより
                 両面から叩いた方が 太鼓を安定させるのに 少しは役立ったかも知れません )

 船の乗組員の中に 太鼓の叩ける人がいて 出航の準備をしたり 風待ちをしている間に 太鼓の叩き方を 
  島の人に伝えたのでしょうか ・・・ 

 國に働きに行った人が 叩き方を覚えて帰り 島の人々に伝えたのでしょうか ・・・

 八丈島から出航した船が 難破して 命からがら 本土に流れ着いた 島人が 
  太鼓の打法を 覚えて 帰ってきたのでしょうか ・・・ 

 八丈島に漂着した人か 流人の中に 現在島で叩かれているような太鼓の打法を知っていたか 
  あるいは 叩くことが 出来る人がいて それを島の人々に 教えたのでしょうか ・・・
  その人が 生まれ育った地方で叩かれていた太鼓かも知れませんし 
  故郷を 遠く離れた土地で 出会った太鼓かも知れません

 九州の小倉太鼓と京都の祇園太鼓は 両面打ちです それらが元になっているのでしょうか ・・・
  九州か京都に生まれ育った人か または その地方の関係者によって その打法が伝えられ 
  広められたのかも知れません

    ハ 太鼓は どんなときに ・・・・・ ?
 
遠い昔から 太鼓は 島民の大きな楽しみとして 長い間 人々に親しまれ 今日まで 叩き継がれてきています
     八丈島で 太鼓はどんな時に 叩いていたのでしょうか ・・・

 お盆や お祭りの時などに 大勢の人が集まって 島酒を酌み交わし 歌い 踊って 楽しむときには 
  腕を競うようにして 叩いたのでしょ う 太鼓は 人々が集まった側の 松の木の枝に吊したのでしょうか ・・・

 結婚式や新築などの お祝いの席に集まった人々は 祝い酒に酔いしれながら お祝いの気持ちを込めて
  みんなで 太鼓を叩いたことでしょう 太鼓は台の上に 置いたのでしょうか ・・・ 軒下に吊したのでしょうか ・・・

 仕事の合間に (お茶を飲みながら) 太鼓を叩くということもあったでしょう

 普請や屋根替えなどを 手伝って貰ったときには お礼として 酒や米の飯をご馳走するのが 決まりでしたから
  好い気分になった人々は 準備してあった太鼓を きっと叩いたことでしょう

 長い間待っていた船が沖合に見えると 歓迎の気持ちを込めて 太鼓を叩きながら 船が港に入ってくるのを 
  待っていたこともあったでしょう その太鼓の音 ( 響き ) が 無事に船が港に着いたことを 島人に知らせると
  同時に 荷揚げをするために 人々を集める 合図に なっていたかも知れません

 船が出航する時には 航海の無事を祈り 別れを惜しみ 港を離れた船が 遙か沖合に 見えなくなるまで 
  太鼓を叩き続けた ということもあったでしょう

 緊急の事態や異変を島民に知らせるために 叩いたのでしょうか ・・・
  打ち方に 決まりがあり それによって
              島内 ・ 島民に ある程度の連絡が 出来るようになっていた のかも知れません

    ニ 太鼓は だれが ・・・・・ ?
 八丈島の太鼓は 男性も 女性も 打つ 太鼓 として 珍しがられていますが 太鼓を叩き始めた頃は 
          どんな人達が 太鼓を叩いていたのでしょうか ・・・  
                  叩く人について 何か特別な決まりがあったのでしょうか ・
・・

 他の地方と同じように 男性だけが叩いていたのでしょうか ・・・ 
  その昔 八丈島は女護ガ島とも呼ばれていたように 
                 人数も多く 優位にあった 女性だけが 叩いていたのでしょうか ・・・

 流人も 仕事を手伝ったり 酒宴に招かれた時などは 
  元の身分が 町人や武士ということには関係なく 島人と一緒に叩いたことでしょう

 船の乗組員が 危険な航海を終えて島に着き 島人の歓迎を受けたり 風待ちなどで
  長く島に滞在している間には 太鼓を叩く機会もあったでしょう

 漂着者と島人の 自由な交流は認められていませんでしたが 
  漂着者が 内地に帰る船を待っている間には 太鼓を叩く機会もあったでしょう

 幼児は 母親に抱き上げられて 叩いたかも知れませんし 
  小さい子供は 背伸びをしながら 叩いたかも知れません 
  周りの大人達に 上手だと誉められれば 得意になって 何度も叩いたのではないでしょうか

 下拍子はずっと叩き続けていますから 上拍子は 休み 休み 叩いても ところ どころで叩いてもかまいません
  ですから 少しくらい脚や腕が不自由でも 太鼓に寄りかかったり 片手で身体を支えたりしながら 
  叩くことができます 長寿を誇る この島のお年寄り達は 若い者とはひと味違う 
  味のある 枯れた太鼓を叩いて 聞かせ ・ 見せた のではないでしょうか

 男性 ・ 女性 ・ 大人 ・ 子供 ・ 若者 ・ 年寄り ということには 一切こだわらず 
  太鼓の周りに 集まった人達 みんなで叩いたのではないでしょうか

    ホ 八丈島の太鼓は ・・・・・ ?
 
八丈島で 太鼓は どんなふうに 叩かれていたのでしょう ・・・ 
                   いろいろな 角度から 細かく想像してきましたから それらを 少しまとめて 
     全体の様子を 想像してみよう と 思います

 
一年に数回の お盆とかお祭り 結婚式や新築のお祝い などのときには 男性だけではなく 女性も一緒に
好物の島酒を飲んで 良い心持ちになり ショメ節を歌ったり ・ 歌に合わせて 踊ったり ・ 太鼓を叩いたり 
したと思います 太鼓の周りに集まった人々は 他の人が叩くのを 聞いて楽しむ と同時に 我も我もと
先を争うように 桴を持ち 日頃のうさを忘れて 太鼓を叩いたのでは ないでしょうか 
太鼓の音に招き寄せられるように集まってきた人達も 一緒になって叩いたことでしょうから 手拍子を打ったり
囃したり かけ声をかけたりして その場の雰囲気は いやがうえにも 盛り上がったと思われます

 打ち手達は 調子に乗って叩いては お酒を飲み 飲んでは また 叩き ついには酔っぱらってしまって
太鼓に 寄りかからなければ 叩けないような人も でてきたことでしょう 浮かれて踊りだす人や
木に吊した太鼓が 揺れないように 側で 押さえ ・ 支えていた人 も いたかも知れません
 声自慢の人は 太鼓に合わせて 即興で 自分の気持ちを 歌った ことでしょうし 
ひょうきんな人が 滑稽な姿で 太鼓を叩けば あまりのおかしさに 涙を拭う人まで いたのでは ないでしょうか 
 かたわらで 遊んでいた子供達も 我慢ができなくなって 飛び出していって 叩いたかも知れません 
若い女性が打てば かけ声もいっそう にぎやかにかかって 空気までが 熱っぽくなり 
男性が打っているときには 力強い音とともに あたりは 女性達があげる 黄色い 嬌声に 包まれた ことでしょう 
自分の気持ちを 打ち明けることもできないで 恋しく思っている人が 打っている時には 声も出せずに
ただ じっと見つめている というような 純情な 若者も いたかも知れません 
素面では とても 太鼓など叩けない というような 内気な人も 焼酎の力を借りて 酔った勢いで叩いたことでしょう 
太鼓の周りに 集まった人々は わずかな かがり火と ほのかな月明かりの中で いつ果てるともなく 歌い 踊り 
時の経つのも忘れて 太鼓に打ち興じたのではないでしょうか ・・・
                                                   井上洋子 記



 1p 八丈島の太鼓について  2p 八丈島の太鼓に対する 「 個人的な 誤解 」
 3p なお 「 なぜ?・ どうして?」  4p 八丈島の太鼓に対する 「 個人的な 理解 」
 5p 各種文献から 「 気になる記述 」  6p 「 太鼓節 ・ ショメ節 ・ 春山節 」 について


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