2002年 1月 「 りゅう 兄ちゃん 」 4.



私が 卵を生む小屋で りゅう兄ちゃんは 病気と闘っていた

りゅう兄ちゃんは 純粋の紀州犬

お父さん と お母さん 以外は 【 何物も ! 絶対 寄せ付けなかった ! 】 そうで

若い頃の 武勇伝には ・ ・ ・ 事欠かない ら し い


「 シ ー ! 」 大きな声では 言えない事 なんかも いっぱい 交じってるんだって

 「 私にも 噛みつくんじゃないかしら ? 」 すごく 心配した け ど
 
もう 目は殆ど見えず 耳も 聞こえなくなってきている

そして 度々 息が止まるほどの 発作がおこり 痙攣にも 苦しんでる

警戒していた 私 へん子ちゃんも だん だん 慣れて 

昼間は なるべく りゅう兄ちゃんの側で ウロ ウロ してることにした

病気とはいえ 犬の側にいる 私には さすがに 図々しい 猫も


近づかなかったので 安心して お昼寝や 虫探しなんかも することができた

 夜は 相変わらず 洋梨の 木の上で 寝てたんだけど

夕方から 荒れていた ある夜 ものすごい雨に 叩かれ 突風が ビュ ー 〜 ! ! !

不覚にも しがみついていた 木の幹から 吹き飛ばされてしまった ・ ・ ・


も う と て も 飛び上がるのは 無理だったので しかたなく 

ポ−チの 縁台で 雨と風を 防いでいたら いつの間にか 猫が 忍び寄ってきた

     ギャ ー カッ カッ ギェ ー 必死で 大騒ぎしたら


飛び出してきた お母さんが サッ ! と 私を 抱き上げ 陶房に 連れて行き

「 ここで 寝なさい 」 ポン ! 椅子の上に 降ろして 戸を閉めた

初めは 落ち着かなかった 私も


りゅうちゃんの 為に 一日中 付けてある ストーブに 暖められ

トサカから 尻尾の先まで ビショヌレだった 羽根も 渇いて

ウト ウト 〜 z z Z ZZ 〜 〜 ー  心の底から 眠った

 「 りゅう 」 の兄ちゃんの 「 三郎 」 は { サブ } とか { ブ−トン } の愛称で 呼ばれていた


純粋 の 雑種犬 人なつっこく 優しい性格 だったから 誰からも 可愛がられ

さりげなく 女性の スカ−トの中に 紛れ込むのが 得意だったそうだし

どの写真にも 目玉 パッチリ しっかり カメラ目線で 収ってる


シャイな りゅう兄ちゃん ときたら カメラを見たら 尻尾巻いて 逃げ出してしまうから

 どの写真にも お尻とか 尻尾の先 くらい しか 写ってない 

「 三郎 」 の上に 「 二人の男の子 」 が いるが こちらは 人間


そ し て 五番目が  この 私 「 へん子 」 ちゃん

「 我が家に 初めての 女の子 ! 」 お父さんは 嬉しくって しょうがないみたい

細い目を いっそう 細 〜 く してる




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