2004年11月 「 お別れ・・・ 」 71.



たい君が 必死に 「 へんちゃん 朝ご飯だよ へんちゃん ! 」 私を 呼んでる

陶房の隅々に 何回も 首を伸ばし 突っ込んで 呼びながら 探がしてる

庭から 畑から 家の周りを クッ クッ ケッ ケッ すごい勢いで 走り回ってる

目つきも 体つきも 普通じゃないし お母さんのことも 見えてない

お父さんは 「 走り回ってる内に どっかへ 行っちゃうんじゃ 〜 ないか ? 」 って 心配

たい君 が 折り土手を 飛び越すなんて 何でもないことだもの

何をするのも 私と一緒だった というか 私のためだった たい君 は

自分一人で どう 一日を 過ごしたらいいのか 分からないんだヮ

お母さんが ウインナや パンを持ってきても 食事の準備をしても

まず 私を呼んで 私が 食べ始めてから やっと 自分も 少し 食べる という生活

美味しい 葉っぱを 見つけるのも 虫を 探すのも み 〜 んな

私 へん子ちゃん に 食べさせるため だったし

のんびり 昼寝をしている 私 を 守るために 周囲に 目を 光らせていた たい君 !  

あんまり心配で お母さんは 時々 無理矢理 たいちゃん を 抱き上げる

お母さんに 抱かれ 腕に 顔を埋めて ウト ウト してる たい君

この頃 やっと お母さんの腕の中でも 眠れるように なったみたい

お母さんは 私 へん子が 看病していた りゅう兄ちゃんが 亡くなって
 
私が しょんぼり 落ち込んでいた頃を 思いだし

たい君 の ために ポーチのガラス戸を 少し開けておく

部屋の中で 羽づくろいをしたり 絨毯の上で うたた寝してる たいちゃん

私と 一緒の時でも こんな事は 滅多にしなかった たい君 ・ ・ ・ 少し安心した ヮ

無口な たい君 が 一生懸命 クククッ クッ クゥ クォ 自分から 話しかけてる

「 たいちゃん は こんな声 出さなかったよね ー 」 お母さん達は 不思議そう

夕方には まだ まだ 間がある 時間から たいちゃんは あせりだす

一人で 陶房に入るのが すっごく いやなんだワ ネ

それでも 部屋の 天井近くで 寝させる わけにもいかなくて

お母さんは 何とか かんとか たいちゃん を 小屋に連れて行って 寝かしつける

以前は たいちゃんの ○○○は 乾いて コツン って 落ちてたのに

私が いなくなってからというもの ピィー ピィー って すごい


たい君 の 不安 と 苦しみ が 伝わってくる

りゅう兄ちゃんは 生きていた時と 同じように 私を 毛皮で 包み込みながら

「 へんちゃん お母さん と お父さん を ありがとう 」

「 たい君 と お母さん は 大丈夫だから もう ゆっくり お休み ! 」

たいちゃん と お母さん の ことが心配で 私は つい つい ・ ・ ・

今 自分のいる 世界のことを 忘れてしまう

そうだ ヮ 私 へん子ちゃん も きちんと お別れ しなくっち ゃ 〜

「 たい君 」 に 後を託して 私は りゅう兄ちゃん の 側で 静かに眠ります

【 へん子の日記 】 を 読んで下さった 皆さん ありがとう さようなら

これからも 〔 たい君 〕 と 〔 お母さん お父さん 〕 を よろしく ネ

 



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