2004年10月 「 お母さ〜ん !」 69.



9月の末から お母さんが い な い ちぃ 〜 と 寂しい

側に くっついてる 時は 「 しつっこい ナー ほっといて ヨ 」 なんて 思うんだけど ネ

お母さんは 太鼓の仲間 8名と 中国に出かけた

第6回 中国国際民間芸術祭 というのに 日本代表として 参加してる

( 何だか偉そうでしょ 私の鼻も 少し高くなったわ 穴が 広がっただけ かも? )

「 八丈島に来て 初めて聞いた太鼓に しびれちゃった もんだから

35歳という年を忘れ 生まれて 始めて バチを持って以来 叩き続けて 27年目 !」


本人は 威張ってるけど

別に 上手だから 選ばれた ということでも ないらしい

この 忙しい世の中に 2週間の自由がきく 大人というのは そう そう は い な い

その点 お母さんは 24時間 丸々自分の時間 老後を 楽しんでいる身

それで 出かけることになっただけ なんだって ( な 〜 んだ そっか ー )

「 へん子ちゃん と たい君 を よろしくね 」

「 帰ってきた時 へんちゃん たいちゃん に 何かあったら しばくよ ! 」

お父さんを しっかり 脅迫して 心配しながら 出かけていった

10月2日は 八丈島で 第2回 「 八丈島平和を願うみんなの第九コンサート 」

お母さんが 中国行きに いまいち 乗り気に なれなかったのは これのせい
 
今年 ダメ でも いつか 鹿内先生と ご一緒できる か も 知れないからって

ちょんこめさん達との練習は 中国へ出かける 前の日まで 続けてたんだから ・ ・ ・

10月9日は 八幡様 の お祭り
 
お父さんは その準備や なにやかやで 大忙しの毎日 だったけど

私達のことを 守らなくっちゃ 〜 って すごく 頑張った ヨ

台風22号のせいで お母さんは 帰りが 一日遅くれたけど

「 へんちゃん たいちゃん ただいま 〜 」 私達も 大急ぎで 駆け付けた

二人(?)揃って 元気だったから お母さんは 大安心 

ホッとして お父さんに 感謝してた み た い なのに ・ ・ ・

「 人間の子供を 育ててる時も そうだったけど 母親が 家を 開けると

子供って すぐ うす汚く なるのよね ー 」

「 父親ってのは そういうとこ ホント まったく ダメ ! 」

「 明日は 寝床も掃除して 敷いてあるものも み 〜 んな 取り替えて あげるからね 」

中国最後の公演 黄山の頂上付近の 野外ステージで 太鼓を叩いた時は

「 へんちゃん たいちゃん 応援してね 〜 」 って 思いっきり 叩いたら

「 すっごく 気持ちよく叩けて 幸せだった ヨ ー 」

何回 太鼓を叩いても 自分で 満足出来ることって 滅多にない らしいから 

「 いい思い出が出来て 良かったね ! お母さん 」

娘の 私 へん子ちゃん としても 嬉しい ヮ



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