各種文献 から 【 興味深い 記録 】

      八丈島で 【 太鼓を打っている 情景の記述 】 【 記述 と さし絵 】
           
が 記録されている文献から その部分を抜粋して ここに記します

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1 八丈`島 1914年(T.3.) 青木秀虎著 - 國文館書店
  48〜50頁・・・歌舞音曲に至っては殆ど見るに足るべきものはなし。
        ただ舞踏には彼の阿波踊りなるものが存して居る、昔阿波よりの流人が傳へた踊りであらう、
        直径五尺くらゐの臼の周囲に男女が踊って廻る、その臼の上に一人が立って大きな唐傘を
げて、
        盛んに唄って音頭取りを遣る、恰も田舎に行はるゝ盆踊りの如きものである、
        楽器はたゞ太鼓を有するのみ、直径一尺餘り、厚さ五寸、紐を締めるやうになっている、
        内地の〆太鼓に髣髴して居る、これを以て集合の場合、神社の祭禮、或は結婚の折りなどに
        叩かるゝものである、音楽に謂ゆる非常展開、通常展開などの美妙なる音色を奏づる楽器等は
        その影をだも止めない、至極単純なものである、今は此の太鼓を叩いて唄はるゝ歌が出来て居る、
        それは斯うである、
太鼓叩いて 人様寄せて 妾も合ひたい 人がある、
        これは純粋の大和詞より成り立って居るを見れば、最近の流人が作に違ひないと思ふ,
        其他この嶋を歌った詩人が無いでもない、彼の人口に
膾炙せる追分の、 
        
鳥も通はぬ八丈ヶ嶋へ、遺らるゝ此の身は厭はねど、後に残りし妻や子が、何うして月日を送るやら
        と云ふのがあるが、作者は何人なるか知られない、
        為朝が唄ったとの説もあれど、其は附會も亦甚だしと云ふべしである、・・・

2 小笠原及び八丈島 1917年(T.6.) 近藤春夫著 - 東洋タイムス社
  203・204頁・・・盆、正月其他何でも物日には必ず踊りと太鼓と歌とで同島が賑ふのである。
           我々一行が同島に行った折り数囘
酒宴が開かれたが其都度色々の催しがあり、
           果ては髪を櫛巻し後れ毛を額や襟の邊りにモジャモジャさした農夫や漁師の
           老婆が数名出て来て歌を唄ったり太鼓を叩いたりする。
           又一度は六十前後の老爺ばかりが五六人一塊りとなって古風の盆踊りをやった。
           此踊りは今は廢れて了って若い者はやらぬといふ。・・・
         ・・・更に其時叩く太鼓に至っては其腕の冴え、其棒を揮ふ手の早さ正に珍中の珍である。
           彼等は太鼓の表と裏とに一人づゝ立って一人が盛んに打てば他の一人が之に
           合はせて調子を取る。男女打ち混じってやるのだが之を打つときは妙に腰を振り
           女なら眞黒な歯を出して譯の判らぬ島の俗謡を唄う。文章にして判る歌詞でも一度び
           彼等の口から發せらるゝ時は変てこ撥音になるから迚も解することは出来ない。・・・

3 八丈島(民俗と社会) 1951年(S.26) 大間知篤三著 - 創元社
 
 225頁・・・樫立村では七月十三日から十七日までが盆である。
       ・・・この村で踊りをするのは盆の三日間、八月十五日と九月十三日とのツキミサマ、都合五晩である。      
         盆踊りは輪踊にはじまり、これは六七十歳の爺婆のみで二時間ほど踊るのである。
         輪踊は圓く廻りながら順番に歌ふものであるが、手踊は一列をなして音頭取りが一人歌ふものである。
         踊の前後には、上拍子と下拍子との二人が太鼓を打つ。
         上拍子は男、下拍子は多く女が打ち、互いにかけあふ。

4 八丈島 1966年(S.41.) 大間知篤三・金山正好・坪井洋文著 - 角川書店
  
263頁・・・〈太鼓節〉は架にのせ、あるいは樹の大枝に吊した大太鼓を中に、前結び鉢巻・襷がけの
        上拍子と下拍子との二人が立って、急調子に桴で両側から叩きながら歌う。・・・

5 八丈の湯と絹と踊 1977年(S.52.) 磯崎八助著 - 錦正社
  56〜58頁・・・家庭における盆の行事が済むころ、円い月が昇る。この頃、村の踊場から太鼓のとどろく音が
          聞こえてくる。これが呼び出し太鼓、呼び太鼓である。若い者が次々に、太鼓を打続ける。
        ・・・表拍子を上拍子、裏拍子を下拍子ともいい、一緒に両面から激しく叩く。
          太鼓は木の枝などに上から吊したり、台上にすえる。叩くものは小学校卒の若者で、
          稀に裏拍子を老婆が相手することもある。この太鼓の音に誘われて、
          村人の殆どが踊りの広場に集まり場踊りが始まると太鼓ばやしは終ることになる。・・・
          太鼓のどの部分を叩こうが、どんな身振りやしぐさをとろうと任せられている。
          そこにこの太鼓の勇壮さや、楽しさがある。・・・尚、表拍子は踊るように叩くが、
          裏拍子が囃言葉をくり返し歌って景気をつけることもある。・・・

6 旅 [探訪・伝説の里]一月号 1984年(S.59.) - 日本交通公社
  
109ペ-ジ・・・女性の打つ太鼓が八丈島に昔からあった理由については明らかではない。しかし、
          島の経済を支える唯一の物産・黄八丈の生産者が女性であったことを考え合わせると、
          八丈島は古来かなり女性優位の島だったと推論することは無理ではないだろう。
          その女性優位故に、女性が打つ太鼓が生まれたといえるのではないだろうか。・・・

7 東京都の郷土藝能 1954年(S.29.) 本田安次・宮尾しげお著 - 一古堂書店
  
264頁・・・「 さし絵 」
             

8 日本の民俗藝能 D 離島・雑纂 1973年(S.48.) 本田安次 - 木耳社
  
559頁・・・

9 東京都民俗藝能誌 下巻 1985年(S.60.) 本田安次著 - 錦正社
  
931・932頁・・・太鼓には南国的なひゞきがある。いつと定めてのことではなく、何かの折毎に
           打ちはやされる。大太鼓を臺に乗せて中央に置き前結鉢巻、襦袢、襷がけなどの
           仕度で、打手は男女を問はず、一つの太鼓の表裏両面をやゝ急調に打つのである。
 * ( 7 と 8 は、9 と ほぼ同じ記述がされている)

 幼児と音楽 七月号 1985年(S.60.)  - 音楽之友社
         
楽しいリズム遊び 「太鼓の魅力」 長尾満里  連載12回
  ・・・昔、八丈島では流罪となった武士たちが刀を取られたうっぷんを晴らすために太鼓を叩いていたとか、
    或いは、赦免されて本土へ帰ってゆく流人達を見送る時に島の女達が想いのたけをばち先にこめて、
    太鼓を叩いたという伝説があります。それらを思い合わせてみると、いずれにしても、
    “言語を越えた感情の表現手段”として太鼓を叩いてきたことには違いないようです。・・・ 
    そうなるとやはり何かに感動するということが先なのです。その時の気持ちを二本のばちに託して打つ。
    太鼓を叩くということは心の表現なのです。力いっぱい打てば、打っただけの(或いはそれ以上の)音が
    ド−ンと返ってくる太鼓の音 ・・・聞き手は自分の胸をドンドンと叩かれたかのように感じ、
    その音のエレルギ-に心を揺さぶられることでしょう。また打ち手は、自分で太鼓を打ちながら一瞬一瞬、
    音の迫力に感動し、その心がさらにまた次のリズムを打ち出してゆく内的なエネルギ-となります。
    この循環こそが、太鼓のリズムそのものです。太鼓を打っている時に、身体のリズム(ばちさばき)と
    音楽(太鼓のリズム)とがひとつに融け合い、そこから得られる「無我の境地」。そこに、
    私たちをとりこにして放さない。“太鼓の魅力”があるのだといえるでしょう。

             

 ザ・太鼓 1989年(H.1.) 森田拾史郎写真集 - 大月書店
   ・・・八丈島の「 八丈太鼓 」 も両面打ちである。下拍子がやはり一定のリズムを刻み、拍子が自由に打ち込み、
     打楽としての妙技を見せる。盆踊りや祝事に打つが、名手の打つ八丈太鼓は打楽として逸品である。
   ・・・昔は1村落に1つか、多くて2、3の太鼓があれば用は足りたのであり、それ以上音楽性の効果を求めて
     種類と数を多くするようなことはなかった。今日たくさんの太鼓を並べて演じる太鼓打楽がはやっていて、
     先ず今日の太鼓というと そのようなものになったが、たった1つの“御陣乗太鼓”や
     “八丈太鼓”に勝るものがまだ意外と少ない。・・・
                                                            井上洋子 記


 1p 八丈太鼓 の 由来 top   2p 八丈太鼓 由来の 「 個人的考察 」  3p 「 由来 以外 」 の 八丈太鼓
 4p 「 八多化 の 寝覺艸 」  5p 「 近藤富三 」 と 「 鶴窓帰山 」  6p 各種文献から興味深い記録
 7p 「 昔 の 八丈島 」 について   八丈島を訪れた 四人 と 一団体   ある機関誌より − 転記


 へん子の日記  紅陶庵  あが八丈太鼓  八丈島の太鼓  八丈太鼓と私  写真

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                color travel guide 〈日本の旅〉5  湘南/伊豆七島
                         1970年(S.45.) 教育図書出版 山田書院