【 2005年の思い出 】

へん子ちゃんが無事でいれば、たい君と一緒に、
へん」・「たい」で、【酉年】を、盛大に祝うことが出来たのに・・・。

 
三根小学校の運動会−全校生徒による綱引き
 
秋晴れの文化の日、この日は全島の小学校で一斉に運動会。
息子達が通っていた頃の事を思い出しながら・・・子供の数の少なさを実感!
                                                  11月3日 記


鹿内芳仁 テノールコンサート Inn 八丈島 2005
ピアノ 黒木弘子

12月20日 ライブハウス「銀巴里」に於いて、PM7:30〜9:00 (その後交流会)
 
「何故、あなたなの?」 不思議がられながら、鹿内先生のコンサートを開きました。

○鹿内先生が、本気で歌われる歌を、思いっきり聴きたかった!!!
○ちょんこめ作業所での「第九」のご指導と、子供達とのふれあいの姿に感動!!
○音楽とは無縁の「くれない」掲示板に、お忙しい時間を割いて、度々書き込んで戴き、感謝!

理由は色々・・・でも、やっぱ、“鹿内先生の温かさ・内面の魅力”が溢れ出たせいでしょう。

鹿内先生のてらいのない自然な語り口と、迫力の歌声に魅了され、
会場に集まった50数人は、ただただ聴き入りました。ピアニスト黒木先生との息もピッタリ。
一流の演奏者お二人の醸し出す雰囲気は、さすが・・・! コンサートの中のもう一つの楽しみでした。

イタリアの歌・日本の歌・クリスマスソング・オペラアリアをプログラムに。
アンコールにイタリアカンツォーネ(二曲)。声を嗄らしながらも、「ホワイトクリスマス」をプレゼント。
「ふるさと」を会場のみんなで合唱し、幸せな時間はあっという間に過ぎ去ったのでした・・・。

無二の親友と、太鼓の仲間に支え・助けられ、無事終えることが出来ました。
感謝しながら、、、「自分はこれまで、この人達を、ちゃんと大切にしてきただろうか?」
「これから、私はこの人達に、どんなお返しが出来るんだろう・・・?」考え続ける日々でもありました。

鹿内先生、黒木先生、会場に集まって下さった皆さん、手伝って下さった友人達、本当に有り難うございました。
                                                       
                                                      12月23日 記

今年を一言で表すと「変な一年だったナー」
昨年秋から手首が痛み出し、肘〜肩へ広がって、ついに左腕が・・・
我慢ができなくなって、思い切って、土と遊ぶのをストップ。

7月に夫がデンマークへ出かけたのを幸い、自主的に『自宅入院生活』を送ることにしたのです。
自宅入院中は、整体鍼灸と温泉に行くことだけを義務として、家事万端を休業!
流しには食器や鍋類が・・・、部屋の隅には埃が・・・、あらゆるところが汚くなりました。が、、、
「入院中だからしようがない!」と開き直って、暑い夏をダラーーと過ごしました。

太鼓の練習だけは何とか続けていましたが、あまりにつらくて・・・
「アー、今日は太鼓をさわりたくない!!!」と、思いながら出かけた日が幾度か・・・
「仲間の下拍子が叩けなくなったら、もう、太鼓は止めよう」という気持ちでした。

夫が帰宅したら退院の予定だったのに、痛みも取れず、怠け癖がついてしまい、気楽な入院生活を続行。
はっきり「今入院中だから・・・」と、口に出すと、夫も諦めてゴソゴソ家事を片づけてくれました。
「まだ、退院しないの?」「そろそろ、退院したら?」「太鼓は、叩けるの?」・・・
「う〜〜ん〜」
自分以外の、‘もう一本の手’の大切さを痛いほど実感!夫を大切にしなくっちゃーー

秋から、【海遊魚まつり】とか【グルメの旅】などというのが始まり、
八丈島民謡保存会も太鼓で協力することになりましたので、愛好会にも当番が回ってきます。
暑すぎる日=陽射しを遮る物はなんにも無くて、頭上からガンガン照りつけられ、、、熱中症になりそ〜
寒すぎる日=風や潮を防ぐ物はなんにも無くて、ビュービュー吹き付けられ、、、風邪ひきそ〜
それでも、観光客の人が一緒に太鼓を叩いて下さったり、「楽しかった!」なんて言って下されば、
嬉しくて、つらいことなんか、すべて忘れてしまうんですよねー。

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