【 2003年 の 思い出 】

“ 生まれて初めて!” という体験が色々とありました。
「 もう、新しいことに出合うことなんてないわ。」
諦めというより、それが自然の流れと思っていましたのに、、、

まず、魔物か宇宙怪獣のような、『パソコン』と闘い続けた年でした。
2002年11月にやっとHPを開いたものの、その中身を充実させていくのは、
実力の伴わない私にとっては、なかなか大変な作業でした。
( 船橋昭人先生の、粘り強いご指導に今更ながら感謝!)

電気製品=ボタンを押し間違えると、即、故障か爆発! と、本気で思っている。
我が家の電話=壁掛け式、ダイヤル黒電話。 基本料金900円
ファックス=なし。 (送ったのに、なぜ紙が残ってるのか? 理解できない。)

そんな私ですから、パソコンと親しむなんて・・・ とても、、、とても、
そういう不思議の世界とは無縁のままで、静かにあの世へ・・・と、心に決めていたんですがね・・・

こんなことなら、もっともっと前に(あえて若かった頃とは書かない)、
未体験の電気製品を扱う機会や、使用しなければならない機会もあったのに、、、
自分は「不得意」、「無理」、「絶対できない」と、「触ったり」、「試したり」してみようともせず逃げ回り、、、
すべて他人任せ、周りの人を頼って過ごしてきたことを、深く、、、反省しています。

今も、説明書きなんて読んでも全然わけ解らないけど、あんまり恐く無くなったんです。
壊れるかも知れないけど押してみよう!とか、爆発するならしてみろ!
せっかくだから、使いこなしてやろうじゃないの!なんて
開き直っちゃったんですね。
(まあ、いざとなってら、パソコン先生がついてるし・・・といったところかな)



10月18日に、「ゆきわりそう(私達は心で歌う目で歌う合唱団)」が来島。
「ちょんこめ作業所」の人達と一緒に「第九」を歌いました。
八丈島で、初めて「第九」を歌ったコンサートの指揮者が、鹿内芳仁先生でした。

この時、私はバスの隣の一番高いところ、ピアノ伴奏者河合良一さんの手元が良く見える位置にいました。
歌いながらびっくり!楽譜の右端にもう1ページ付いていて、それがたたんでありました。
ページをめくったときそれも開き、次は、それをたたんでから、ページを閉じて次のページを開き・・・

「めくり損なったら?」なんて考えたのは、私が河合良一さんの実力を知らなかったからです。
見事でした。実に鮮やかにピアノを弾き、楽譜をめくり、たたんで閉じてめくり・・・
こんなすごい勢いで扱われる楽譜は??? シワ一つありませんでしよ。
我が目を疑いながら、おおいに楽しませて頂きました。
同じ舞台に立ちながら、この神業を見ることができた幸せ者は、どうやら数人だけだったんです。

鹿内先生の全身を使っての指揮は、思わず声を出させてしまう不思議な力を持っています。
私も思いっきり歌いました!というより、大声で叫んでいたかも知れません?

「ちょんこめ作業所」のみんなは、鹿内先生が八丈島に来て下さるのを、楽しみに待っています。
ちょんこめさんは、先生の指揮で歌うと、いつもより元気な声が出る事も、私は知っているんです。
歌の練習だけではなく、先生に身体ごとぶつかって遊ぶのも大好きで、
休憩中はいつも数人がぶら下がったり、よじ登ったり・・・華奢な先生ではつとまりません。
純粋な子供達は、先生の真の優しさを感じ取ってしまうのでしょうね。

もし、こんな機会が与えられなかったら、おそらく一生「第九」と出会うこともなく、
まして、自分が歌う、それもドイツ語で・・・なんて絶対無かったことでしょう。
これからも、大切に歌い続けていこうと思います。

鹿内先生には、これ以後、HPを通じて励まして頂いています。
お忙しい音楽活動にも関わらず、掲示板にもたびたび書き込んで下さり、
お礼の言葉が見つからないほど感謝しております。

【へん子の日記】 
「歓喜の歌」39. と関連



12月19日、東京国際フォーラム・ホールAにて「皇帝と第九」の演奏会、指揮者は熊谷弘さん。
シンフォニーオーケストラ“グレイトアーティスツ”インジャパン・東京混声合唱団・
と一緒に「第九を歌う会」の一員として、「第九」を歌ってきました。

新聞の音楽情報、「第九を歌う会」の団員募集を見て、すぐ申込みをしたのですが、
なんと、練習は、発表の12月に向け、毎年、6月から行われていたのです。
毎回の練習に参加するのは無理ですから、12月の仕上げに入る集中練習から参加。

国立青少年スポーツセンターでの練習は、熊谷先生や、講師の方々から、真剣で楽しいご指導を受け、
CD頼りに練習した「第九」が通じるかどうか???の不安も解消することが出来ました。
この練習に参加できたことが、私にとっては一番の収穫でした。

【へん子の日記】 
「内緒の話」50. と関連

1981年の発足以来、参加し続けている人や、10年、20年、と連続参加している人もいるようで、
参加の記録を競い合っている人達もいるという、始めて参加する私には気が遠くなるような話。

「今年始めての参加だけれど、練習を一度も休まなかった。」と誇らしげな主婦の一団。
「いつも一人だったけど、今年は娘が始めて一緒に参加したんだ。」と嬉しそうなお父さん。
高校で「第九」と出会い、それ以来40年、「第九」を歌い続けているという男性。
去年はグループで参加したけど、色々あって、今年は一人と同年配の女性。
「参加する時はいつも一人」という人達も。
等々・・・

こんな変なというか、珍しい、面白い、生まれて初めての経験ができたのも、
八丈島で「第九」を歌う機会を作って下さった方々のお陰です。
本当に有り難うございました。

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